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Kyo-to (キョート)

Author:Kyo-to (キョート)

線路を走るのは何でも「デンシャ」ぐらいのユルさで鉄道旅を通して出会った風景や人、古い駅舎や古い町並みを記録していきたいと思っています。時々、地元京都。
リンク、そして古い記事でもコメントなど、お気軽にどうぞ。

※万が一、写真を気に入ってもらえて、私的な保存などは構いませんが、改変・転載等は勘弁してください。


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2010-03-22 #01  中央本線 奈良井駅  〔長野県〕

04 12, 2015 | デンシャ旅 -信越(JR)

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2010年3月22日(月)、5年前の春の青春18きっぷ旅3日目、第1回
ホテルの部屋からの松本の朝

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6:30ごろ、中央本線(西線)上り822M中津川(なかつがわ)行きに乗車

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7:15、奈良井駅で下車

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奈良井駅舎

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1909年(明治42年)12月1日、 国鉄の駅として開業

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2010年3月22日(月)、5年前の春の青春18きっぷ旅最終日。
松本駅から朝6:30ごろの中央西線上り始発列車に乗り、奈良井宿へ向かう。また塩尻方面へ戻るから、松本で泊まる意味は全くないのだが、好きな松本で清々しい朝を迎えられたので後悔はない。

7:15、奈良井駅に到着。奈良井宿は中山道六十九次34番目の宿場町。駅前からすぐ古い町並みが続いている。このころ既に中央西線は何度か乗車済みの路線で、かねがね奈良井宿を歩いてみたいと思った末の訪問だったが、さすがにこんな早朝から宿場町を観光に訪れる客は他にはなかった。

(つづく)

撮影日:2010年3月22日
カメラ:Nikon D700 + Nikon Ai AF Nikkor 50mm F1.4D

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2010-03-21 #03  ミニエコーで辰野支線  〔長野県〕

04 07, 2015 | デンシャ旅 -信越(JR)

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2010年3月21日(日)、5年前の春の青春18きっぷ旅2日目、第3回
JR中央本線・岡谷駅

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岡谷からは15:33の中央本線下り1543Mへ

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2日間世話になった飯田線119系デンシャともお別れ

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上りの特急「あずさ」24号とすれ違う

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15:44、塩尻(しおじり)駅

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辰野(たつの)支線上り162M 「ミニエコー」ことクモハ123

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16:17発

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先ほど通った岡谷からの中央本線「新線」と分岐、「旧線」の辰野支線へ

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辰野支線から見た「新線」

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辰野までの途中駅は2つ 小野駅

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信濃川島駅

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左義長(関西では「どんど焼き」)の類かと思ったが、御柱祭のリハーサルのようだ

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16:37、162Mの終点・辰野駅

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飯田線の戸籍上の終点でもある

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辰野駅舎
1906年(明治39年)6月11日、官設鉄道の駅として開業
飯田線の前身・伊那電気鉄道(当時は電車軌道)が乗り入れたのは1916年(大正5年)11月23日

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駅前風景


飯田線の旅を終え、岡谷駅からはJR中央本線の未乗区間へ。と言ってもこの2010年の時点では俗に言う中央東線も確か未乗だったが、その前に少しややこしい「辰野支線」というのをやっつけておこうと考えたのだった。何がややこしいかといえば、元々は本線だったのがバイパスの新線が通ったために支線扱いを受け、列車の運行もまったく別系統となったことで、いわゆる「乗りつぶし」の手間が要るといった類の路線なのだ。

そんなワケで岡谷からまずは普通に「中央本線」として乗るとイヤでも通る「新線」を経由して塩尻まで赴き、1~2時間に1本の、別立ての辰野支線の列車に乗り換える。 「ミニエコー」の愛称の付いた、クモハ123という、僕は初めて見る車両だった。2013年に引退してしまったので現在はもう乗れない。塩尻~辰野間の20kmほどの短い距離を1両でピストン運転しているから「ミニ」な「エコー」なのかもしれないが、この個性的な車両のおかげでわずか20分間のショートトリップは存外に記憶に残るものとなった。この旅の本編を差し置いて、2013年の引退直後にミニエコーだけの記事化も済ませている。

(つづく)

撮影日:2010年3月21日
カメラ:Nikon D700 + Nikon Ai AF Nikkor 50mm F1.4D、Nikon Ai AF Nikkor 24mm F2.8D

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2014-08-14 #04  中央本線から篠ノ井線へ  〔長野県〕

09 13, 2014 | デンシャ旅 -信越(JR)

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2014年8月14日(木)、お盆休みの旅初日・第4回。
南木曽(なぎそ)訪問を終え、再び青春18きっぷの鈍行旅に戻ってJR中央本線の普通列車へ。
12:20、南木曽から下り松本行き1831Mに乗車。特急「しなの」を利用してなかったら、特に用のない中津川で1時間も待たされて乗ることになってた便です。

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雨が激しさを増してきました。南木曽の土石流の惨状を見たあとだけに、一抹の不安を感じないでもない…。

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ほぼ中山道に沿う中央本線、時おり見える街道筋や宿場町の風情は魅力的。

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12:47頃、須原(すはら)駅で対向する特急「ワイドビューしなの」10号の通過待ち。4、5分遅れて来ました…。

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倉本~上松(あげまつ)間、中央西線車窓のハイライト、名勝「寝覚の床(ねざめのとこ)」。特急でも鈍行でも車窓からは一瞬なので、一度ゆっくり訪れてみたいです。

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須原駅での件が響き、3分ほど遅れて13:50ごろ塩尻駅に到着。ここからはJR東日本の管轄。

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といっても僕の乗る1831M列車はオレンジ帯のJR東海車両のまま、松本まで乗り入れます。乗務員交代や他の列車からの乗り換え客待ちもあって、13:57まで停車。

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13:53着の特急「ワイドビューしなの」11号が5分ほど遅れて到着、乗り換え客を待つため僕の1831Mの発車も遅れます(泣)。

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塩尻駅の南端、右手が中央西線(名古屋方面)、左手が中央東線(東京方面)と、この駅を境にスイッチバック形状で繋がる…というか分岐しています。直通列車はないので問題ないみたいですけど、これから僕が向かう篠ノ井線(しののいせん)や中央東線の辰野(たつの)支線、計4路線のジャンクションでもある塩尻駅独特の雰囲気が僕は結構好きです。

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さて、数分遅れで塩尻駅を出発、篠ノ井線に乗り入れましたが、わずか2駅目の村井(むらい)で途中下車。1831Mの終点・松本で乗り換える予定だった塩尻14:10発の1539Mとの時間差を利用してどこかの駅を訪問してみようと思い立ったからでした。

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1902年(明治35年)12月15日開業の、昔のオーソドックスなスタイルの駅舎で悪くはなかったですが、この駅前風景も含め、これといったインパクトもありませんでした(苦笑)。ただ松本の市街地に先の駅舎がいつまでも残ってるとは思えないので、そういう点では貴重かも。

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村井駅からは14:17の篠ノ井線下り1539M長野行きに乗車。

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14:27着の松本駅。ここで一気に乗客が増えるので、松本で乗り換えてたら間違いなく座席確保は無理でした。駅前の雰囲気も街も好きなので常に寄りたい気持ちにさせられるんですけども。

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西条(にしじょう)駅を発ったところ。そういえば、塩尻からこっちはずっと雨が上がってます。

(つづく)

撮影日:2014年8月14日
カメラ:OLYMPUS OM-D E-M1 + TAMRON 14-150mm F/3.5-5.8 Di III (Model C001)

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2014-08-14 #03  南木曽 土石流のあと  〔長野県〕

09 12, 2014 | デンシャ旅 -信越(JR)

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2014年8月14日(木)、お盆休みの旅初日・第3回。
南木曽(なぎそ)を訪れたのは、7月の台風8号で土石流が発生、中央本線も寸断したというニュースに衝撃を受け、その現場をこの目で見てみたかったからでした。

『台風8号の北上に伴い、日本列島上空に停滞した梅雨前線が活発化、長野県南木曽町では7月9日午後、7月としては最大となる1時間当たり70ミリの雨を観測した。同日午後5時40分ごろ、同町読書の川で土石流が発生し、民家が流され1人が死亡した。県や国土交通省中部地方整備局によると、土石流が起きたのは木曽川支流の梨子沢。上流で発生した土石流が現場周辺の100メートル以上にわたって川からあふれ出し、住宅2棟が倒壊、近くを通るJR中央線の橋も流された。(2014年07月10日 時事通信)』

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土石流の起きた梨子沢(なしざわ)、奥の橋桁がJR中央本線。橋桁は流され、線路も300mにわたり土砂や流木で埋まったそうです。このため野尻(のじり)~坂下(さかした)間が8月5日まで不通となっていました。

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こんなのが土砂と共に押し寄せてきたら、ひとたまりもない…。

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ひしゃげた民家…。

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沢沿いの鉄工所らしき建物は、通り抜けた土石流のため1階部分が空っぽになっていました。

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梨子沢と木曽川の合流部、川幅の大部分が流れ出た土石流で埋まってしまった木曽川。

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被害状況を調査されているような場面にも遭遇しました。

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土石流発生から約一ヶ月、まだ復旧作業も始まったばかりといった感じでした。

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過去にも土石流災害に見舞われ、その流れ下る様子が蛇に見えることから「蛇(じゃ)抜け」と言い伝わる南木曽。その痕跡をこうして目にしただけでも恐怖を感じましたが、このあと、まさか広島でさらにあんな大きな土砂災害が起きるなんて…。そして、9月に入った現在も全国各地で豪雨が多発、災害発生の危険と背中合わせの状況が続いています…。

狭い国土の地形に沿って敷かれた鉄路を始終旅する僕も、いつか巻き込まれるんじゃないかと常々思ってるんですが、ちょっとぐらい不便でもみんなもう少し自然に寄り添う生活に戻って、何とか根本的に気候変動を食い止められたらなぁ、などと夢想しつつ、亡くなられた方のご冥福と一層の復興を祈りながら南木曽をあとにしました。

(つづく)

撮影日:2014年8月14日
カメラ:OLYMPUS OM-D E-M1 + TAMRON 14-150mm F/3.5-5.8 Di III (Model C001)

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2014-08-14 #02  JR中央本線 南木曽駅  〔長野県〕

09 10, 2014 | デンシャ旅 -信越(JR)

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2014年8月14日(木)、お盆休みの旅初日・第2回。
名古屋から特急「ワイドビューしなの」7号できっかり1時間、11時ちょうどに南木曽駅に到着。

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快適な特急の旅もここまで。うまい具合にこの日最初の目的地までの時間短縮に利用できましたが、南木曽には停車しない便もあるのでご注意。

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数えるほどの下車客とともに、改札を抜けます。

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中山道・妻籠宿(つまごじゅく)観光の拠点駅だけあって、1980年(昭和55年)改築のコンクリ駅舎ながらなかなかの趣き。

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南木曽駅舎。1909年(明治42年)7月15日、官設鉄道の三留野(みどの)駅として開業。1968年(昭和43年)10月1日、現駅名に改称。

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駅は三留野宿に位置するそうで、駅前の家屋にも風情を感じます。かつては宿屋か何かだったと思われますが、売物件になってるのがちょっと悲しい…。

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細かい雨が降る中、駅前の通りを北へ。

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ほんのちょっと歩くと左手に現れたのがコレ、木曽川に架けられた大正時代の長大吊橋、「桃介橋(ももすけばし)」。廃橋寸前だったのを近年復元したものだそうですが、それだけの価値のある産業遺産だと思います。というのも当初の役目は発電所建設の資材運搬路。橋の中央の2本のスジも、当時のトロッコレールの痕跡を感じられるように復元されてます。

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橋の建築に尽力、木曽川に発電所を7つも造った電力王・福沢桃介(1868-1938)…なのに橋のたもとで何この雑な扱い!(笑)
何でも、橋の命名や水利権などでもめた経緯もあるそうで、もしかしてだけど今でも誰かに恨まれてる?

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木曽川沿い、国道19号から見た桃介橋。っていうか、よく考えたら南木曽には観光に来たんじゃなかったんでした。

(つづく)

撮影日:2014年8月14日
カメラ:OLYMPUS OM-D E-M1 + TAMRON 14-150mm F/3.5-5.8 Di III (Model C001)

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