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Kyo-to (キョート)

Author:Kyo-to (キョート)

線路を走るのは何でも「デンシャ」ぐらいのユルさで鉄道旅を通して出会った風景や人、古い駅舎や古い町並みを記録していきたいと思っています。時々、地元京都。
リンク、そして古い記事でもコメントなど、お気軽にどうぞ。

※万が一、写真を気に入ってもらえて、私的な保存などは構いませんが、改変・転載等は勘弁してください。


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2012-11-25 #6 END  JR気仙沼線 柳津駅  〔宮城県〕

01 11, 2013 | デンシャ旅 -東北(JR)

4 Comments
121125_65.jpg
2012年11月25日、東北被災路線を巡る旅最終日。
JR気仙沼線の不通区間をBRTで辿り着いた柳津(やないづ)駅。
この先は列車が運行されていますが、気仙沼線全体(72.8km)の3割にも満たない距離です。

121125_66.jpg
柳津駅全景。
BRTバスの隣はトイレで、左手の建物が駅舎と待合室も兼ねた観光物産館「ゆうキャビン」。

121125_67.jpg
デンシャが時間通りに駅にやってきます。
そんな当たり前のことが、とてもありがたく幸せに感じました。

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草木が覆いはじめている気仙沼方面の線路。
再びこの先に列車が進める日を願って、ひとまずさよならを。

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先ほど到着した列車に、そろそろ乗りましょう。

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16:21発の前谷地(まえやち)行き。
前谷地が上り方面の気仙沼線終点です。

1211_7.jpg
このあと前谷地と小牛田(こごた)で乗り換え、仙台へ。
仙台では初日に乗り残していた仙石線の仙台~あおば通に乗車したり、
東北新幹線で東京に戻ってからは夜の東京駅丸の内駅舎を撮影したりと
あと一、二回分の記事ぐらいは作れそうな分量の写真も残っています。

が、被災路線の現状を体感したあとでは いずれも瑣末なことに思え、
この時もいまも、気分的には今回の旅はここで終わった感覚ですので、
今回の旅記事もこれでおしまいにさせていただこうと思います。

年までまたいで長々とお付き合い、ありがとうございました。
(おわり)

撮影日:2012年11月25日
カメラ:Nikon D3s + Nikon AF-S NIKKOR 28-300mm f/3.5-5.6G ED VR
     (4枚目のみDXモードで撮影)

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2012-11-25 #5 気仙沼線BRT 志津川を経て柳津へ 〔宮城県〕

01 10, 2013 | デンシャ旅 -東北(JR)

5 Comments
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2012年11月25日、東北被災路線を巡る旅最終日。
本吉駅を発ったJR気仙沼線BRT(バス高速輸送システム)はさらに先へ進みます。

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陸前小泉(りくぜんこいずみ)駅付近、小泉橋梁。衝撃的な光景でした…。

121125_53.jpg
その陸前小泉駅は、築堤上のホーム跡にその残骸らしきものが並べられていました。
震災直後に比べれば、これでもきっと「片付いた」状態なんでしょうね…。

121125_54.jpg
こちらは歌津(うたつ)駅付近。BRTは基本的に国道45号を走っていたんですが、
入江を横断するその国道が津波で寸断された様子を迂回路から目にしているところ。

121125_55.jpg
ここは被災したクルマの集積場のようです…。

121125_56.jpg
そしてバスはこれまでの入り江の町と規模の違う、ひらけた場所へ。
南三陸町で一番大きな、志津川(しづがわ)地区です。

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大きな町だったことは分かるのですが、残っている建物はこのような状態のものだけです…。

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かつての南三陸町役場(防災庁舎)。42名もの職員の方々が犠牲となり、その一人、
24歳の女性職員の方が最後まで防災無線で避難を呼びかけ続けた、あの場所です…。
この屋上部分まで津波に呑まれたなんて、自分の目で見てもまだ信じられません。

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志津川駅。ホームのあった築堤以外は流され、BRT用の待合室が設置されているばかりです。

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志津川駅(BRTバス停)が町の奥にあるため、町の中をぐるりと周る形になるのですが、
その短い間だけでも、こんな光景ばかり目にしていると形容しがたい気持ちになります…。

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そして瓦礫の山。

121125_60.jpg
山…。

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志津川を離れても、やはり入り江に差し掛かると繰り返すこんな光景。

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気仙沼線上り方面・海沿い最後の駅、陸前戸倉(りくぜんとぐら)。
築堤は崩れ、ホーム跡らしきコンクリート塊が横たわっています…。

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やがて海は後方へ去り、何もなかったかのように田園風景の中を進むバス。
しかし、続けざまにあのような光景を目の当たりにした僕は、かなり憔悴しきっていました。

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気仙沼発の上り便BRT終点・柳津(やないづ)駅に到着。
こうして気仙沼線の不通区間の旅は終わったワケですが、
実際にあれほど壊滅的な現状を目にすると、JRが仮復旧の手段だというBRTにより
気仙沼線を廃線のように受け止める人の気持ちも分かるような気がしてきました。
…ですが、あきらめの悪い僕は信じたいです。復活の日を。
(つづく)

撮影日:2012年11月25日
カメラ:Nikon D3s + Nikon AF-S NIKKOR 28-300mm f/3.5-5.6G ED VR

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2012-11-25 #4  JR気仙沼線 BRT代行バス  〔宮城県〕

01 09, 2013 | デンシャ旅 -東北(JR)

0 Comments
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2012年11月25日、東北被災路線を巡る旅最終日。
大船渡線で辿り着いた気仙沼からは、宮城県内を石巻方面へ南下するJR気仙沼線へ。
ただ大部分が激しく被災したため、BRT(バス高速輸送システム)方式による
代行バスでほとんどの区間を走り抜けることになります。

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8月に本格運用が始まったと聞いていたBRTですが、時間帯なのか何なのか、
大船渡線から乗り継ぐ人も地元の方らしき乗客もほとんど見受けられず。

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気仙沼駅を出たバスは街の中心部へ。ちょっとした渋滞にもハマり、
ラッシュ時の定時運行の問題など少し気になったりも。

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渋滞を抜け海の方へ降りて行くと、途端に瓦礫の山などが見え始め…。

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やがてバスは道路をそれて、バス一台分の幅の専用道へと入りました。

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もしかして、という予感はこの光景を目にして確信に。
バス停など整備されていますが、これはまぎれもなく鉄道の駅。
この道は、気仙沼線の線路跡を舗装してつくられた専用道だったのです。
愚鈍な僕はここで初めて、ただの代行バスとは違う「BRT」の真の姿を知りました…。

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跨線橋、ホーム、撮り逃しましたが「陸前階上(りくぜんはしかみ)」の駅名標も残る、
とても切ない光景でした。

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その先で専用道はひとまず終わっていましたが、不通区間の約6割を専用道に整備、
という計画だそうなので、現在はもっと延伸されているかもしれません。

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再び道路に戻り、悲しいくらいキレイな海と線路のない路盤を横目にバスは進みます。

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ほんの短い区間でしたが、残存する線路を目にした時は本当に嬉しかったです。

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本吉(もとよし)駅に到着。ここで運転手さんの交替のため数分停車というのでバスの外へ。

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この駅は海から離れた高台にあるため直接被災してはいませんが、
いくら待ってもデンシャがやってくることはありません…。

121125_51.jpg
ここも専用道に整備するんでしょうか。断ち切られた線路、そして気仙沼線の行く末は…。
(つづく)

撮影日:2012年11月25日
カメラ:Nikon D3s + Nikon AF-S NIKKOR 28-300mm f/3.5-5.6G ED VR

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