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Kyo-to (キョート)

Author:Kyo-to (キョート)

線路を走るのは何でも「デンシャ」ぐらいのユルさで鉄道旅を通して出会った風景や人、古い駅舎や古い町並みを記録していきたいと思っています。時々、地元京都。
リンク、そして古い記事でもコメントなど、お気軽にどうぞ。

※万が一、写真を気に入ってもらえて、私的な保存などは構いませんが、改変・転載等は勘弁してください。


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2015-04-12 #09 END  丹鉄 また逢う日まで  〔京都府〕

05 22, 2015 | 京都丹後鉄道(北近畿タンゴ鉄道)

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2015年4月12日(日)、京都丹後鉄道(丹鉄)の旅 2日目、最終回
天橋立駅15:50の宮豊線下り235Dで15:59、与謝野駅

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写真2枚目の待合室建物財産標

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与謝野駅南口 加悦鉄道廃線跡 かつてはフェンスの左手に加悦鉄道用のホームがあった

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前日と同様、4113D「丹後あおまつ」3号が回送されてきた

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前日の同じ時間、西舞鶴まで乗った232D この日はコミューター車両と呼ばれるリニューアル車での運用だった

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16:29、上りの特急4006D「たんごリレー」6号に乗車

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16:45着の宮津駅で進行方向を変え、宮福線へ 右手の線路は宮豊線

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17:02着/発の大江駅 下り5087MのJR特急「はしだて」7号と列車交換

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17:14、福知山駅に到着

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左に停まっている17:21発の下り119MはJR普通列車車両だった

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福知山駅18:02発の山陰本線上り1150M普通園部(そのべ)行きに乗車

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福知山城

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19:11、園部着 19:13発の上り274M普通京都行きに乗り継ぎ

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どこから帰って来ても京都タワーを目にするとやっぱりホッとする

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19:59、京都着


天橋立観光はこの旅最後のイベントだった。あとは帰るだけだ。一応、乗る列車は福知山まで最速で戻れる特急、「たんごリレー」6号に決めてあったのだが、観光を駆け足で済ませすぎて時間が余ってしまった。ふと思いついて、普通列車で福知山とは逆方向の与謝野駅へ。天橋立駅で、夕方2便しかない上り特急に乗客が集中するのは必至。ひとつ手前の停車駅、与謝野から乗れば座席を確保できると踏んだのだが、果たしてそれは正解だった。与謝野にて余裕で着席できた「たんごリレー」6号で天橋立駅に戻ると、空席はあっという間に埋まってしまった。

ただ、宮津駅から宮福線へと入る際、進行方向が変わるという大事なことを忘れていた。宮津で向かいの座席を転換させようとはしたのだが、その先の席のふんぞり返って半分寝ていたオッサンの面倒そうな態度と、その隣のビジネスマンのデカいキャリーバッグも障害になって断念せざるを得ず、小太りの中国人旅行客の男性ペアと向かい合わせで福知山まで過ごす破目になってしまった。別に中国人だからどうとかいう偏見は僕はないつもりだが、単純に二人組のオッサンと対面しているのは暑苦しい。

福知山からは、また往路と同様のJR山陰本線普通列車で、たっぷり2時間かけて京都まで帰った。驚いたことに、京都駅の改札口へ向かう人波の中に、天橋立観光船の帰りの便で見た、影のある一人旅の女性の姿があった。与謝野駅に寄ってないにしても、ダイヤとしてはつまり僕と同じタイムテーブルでここまで辿り着いたことになる。声の一つもかけたくなったが、船上と同じ「独りにしといてオーラ」が漲っているのでやめにする。斯くして追い抜いたから、彼女も改札を出たのか、それとも他の路線へ乗り換えたかは分からない。

北近畿タンゴ鉄道から丹鉄へ移行してどうなったか勝手な視察と、沿線の加悦と天橋立の訪問も果たせて個人的には満足の旅だったが、丹鉄は本当にまだようやく緒に就いたばかりで、北近畿タンゴ鉄道から利用客の数も含めてほとんど変化はないと言えるような状況だった。京都市内と宮津天橋立を結ぶ京都縦貫自動車道の7月全線開通など、取り巻く環境も前途多難だ。今後を注視していきたい。

(終)

撮影日:2015年4月12日
カメラ:OLYMPUS OM-D E-M1 + OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO
+ OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO

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2015-04-12 #06  丹鉄 かぶと山、天橋立  〔京都府〕

05 18, 2015 | 京都丹後鉄道(北近畿タンゴ鉄道)

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2015年4月12日(日)、京都丹後鉄道(丹鉄)の旅 2日目、第6回
小天橋駅から12:25に乗った宮豊線下り2227Dは観光列車「丹後あかまつ」1号だった

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12:30、かぶと山駅で下車
丹鉄になって「甲山(こうやま)」から改称された駅

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1962年(昭和37年)3月1日、国鉄宮津線の甲山駅として開業

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ホームと待合室しかない駅

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兜山(かぶとやま)

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ホームの運転士用安全確認ミラー

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2008年訪問時の同じ位置のもの

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かぶと山駅から12:38の上り226Dで13:32、天橋立駅

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改札窓口が改修されていた

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1925年(大正14年)7月31日、国鉄宮津線の駅として開業

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どうやら駅全体が改修工事の最中のようだ

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駅前の昭和な雰囲気は変わってなかった

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ホームの車両位置案内
タンゴディスカバリーは2011年3月のダイヤ改定でなくなった


小天橋駅に現れた次の下り便は観光列車「丹後あかまつ」1号だった。予約と別料金が必要だが、2両編成の前の車両は普通列車で、そちらへ乗り込み9つ目の訪問駅、かぶと山へ。ここも国鉄時代からの「甲山」を、駅近くの観光地「兜山」の名に合わせて改称した駅なれど、ホームと待合室しかない寂しい無人駅。実態は地元の通学生のためのようなもので、駅前の駐輪場も満杯だが、2008年の初訪問時はホームに菓子や飲料のゴミもいっぱいだった。今回は散った桜の花びらしか目に入らず、マナーも向上したかと安堵しかけて、ふと運転士用の安全確認ミラーを見上げると、傘で突いたか石を中てたか鏡面に幾つもの凹みが。2008年はそれこそボコボコだったから、何が面白いのか「クソガキ」どもの悪しき伝統は続いているのだと思い知らされた。

とまれ、これで丹鉄になって改称された駅はすべて周り終えた。ひとまず天橋立駅まで戻り、改札を出てみると以前と勝手が違う。5月25日まで駅舎改修工事中との案内看板もあるが、駅舎だけでなく駅前の整備も含めて駅全体をリニューアルしているようだ。さすがは日本三景・天橋立、集客力も抜群でJRも電化してまで乗り入れるこの駅だけは、丹鉄も(まぁJRの資金提供もあるのかもしれないが)ハッキリ目に見える形で変化をアピールする作戦らしい。

(つづく)

撮影日:2015年4月12日
カメラ:OLYMPUS OM-D E-M1 + OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO
+ OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO

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2015-04-12 #05  丹鉄 小天橋駅と廃ホテル  〔京都府〕

05 16, 2015 | 京都丹後鉄道(北近畿タンゴ鉄道)

4 Comments
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2015年4月12日(日)、京都丹後鉄道(丹鉄)の旅 2日目、第5回
宮豊線上り224Dで久美浜駅を11:17に発ち、11:25、小天橋駅で下車

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丹鉄になって「丹後神野(たんごかんの)」から改称された駅

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1932年(昭和7年)8月10日、国鉄宮津線の丹後神野駅として開業
駅舎は3セク移管後のもの

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日間(ひま)の松原=小天橋
久美浜湾口の砂州が小型の天橋立のようなので小天橋
山陰海岸国立公園の指定、世界ジオパークの認定も受けている

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待合室に観光案内所を兼ねた駅事務所もある有人駅

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廃ホテル
バブル末期に未完成で建設が中断されたまま放置されている

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丹鉄車内から見た廃ホテル

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13階建て

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近くにはタクシー営業所の廃墟も

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葛野(かずらの)の集落

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久美浜湾
小天橋で日本海と隔てられている汽水性の潟湖(せきこ)

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対岸の兜山(かぶとやま)
山頂の展望台から久美浜湾と小天橋を一望できる

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復路は葛野(かずらの)の集落を歩いた

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この日8つ目の訪問駅は小天橋。国鉄時代からの「丹後神野」を、世界ジオパーク認定も受けた小天橋という観光地の名に合わせて改称。分かりやすい施策ではあると思うが、その割に駅前には連絡するバスはおろかタクシー1台の姿もない。一応、駅舎内の事務スペースが観光案内所を兼ねてはいるが、おじさんがひとり暇そうにTVを観ている。次のデンシャまで1時間あるので小天橋まで行ってみたいと伝えると気さくに応じてくれたけれど、レンタサイクルもないので徒歩だと厳しいとのこと。じゃあ久美浜湾でも眺めてきます、と観光マップをもらってブラつくことにした。

歩き出してしばらくすると、丹鉄も脇をかすめる大きなホテル様の建築物が現れる。2008年の初訪問時も今回も、車内からはホテル、あるいは特別養護老人ホームだろうか、何れにせよ看板もなく変だな、とは思っていたのだけれど、こうして近付いてよく見れば人の気配が全くないばかりか窓ガラスも割られ、廃墟以外の何ものでもないことが分かる。嫌いじゃない、というよりむしろ好きな部類の物件ゆえその場で急ぎスマホで調べたところ、マニア筋では割と知られた、建築途中で資金が尽きて20年ほど前から放置されたままの廃リゾートホテルらしく、Web上に内部潜入ルポ的なコンテンツも多数見受けられる。ロープもフェンスもないのをいいことに僕も少し中を覗いてみたが、いまだに建築資材も置かれたままで、それらの記事写真で見るのと同じ光景がひろがっていた。気味悪さより、勝手にこんなものを建て捨てて行った開発者のバブリーな魂胆に腹立たしさを覚える。

一応、小天橋も目指して歩いてみたが、片道だけで1時間かかりそうでやはり無理だった。

(つづく)

撮影日:2015年4月12日
カメラ:OLYMPUS OM-D E-M1 + OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO
+ OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO

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2015-04-12 #04  丹鉄 豊岡、久美浜  〔兵庫県/京都府〕

05 15, 2015 | 京都丹後鉄道(北近畿タンゴ鉄道)

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2015年4月12日(日)、京都丹後鉄道(丹鉄)の旅 2日目、第4回
夕日ヶ浦木津温泉駅から10:14の宮豊線下り323Dに乗車

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ふたたび西に、兵庫県へ

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JR山陰本線と合流する形で豊岡駅に至る

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10:44、宮豊線終点の豊岡駅に到着

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JR豊岡駅
1909年(明治42年)7月10日、国鉄(播但線→山陰本線)の駅として開業
2011年(平成23年)2月13日に新しい橋上駅舎に建て替わってしまった

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駅前風景

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ホームは国鉄時代の雰囲気が残る

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豊岡から10:58発の上り224Dに乗車
円山川橋梁を渡る

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円山川

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丹鉄として乗務の面も新体制になったのか、運転指導員が付く便も多かった

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再び京都府、11:13、久美浜駅

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久美浜駅舎
1929年(昭和4年)12月15日、国鉄宮津線の駅として開業
立派な駅舎だが国鉄時代ではなく3セク移管後のもの

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日曜は駅舎内で朝市が催されている

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夕日ヶ浦木津温泉駅からまた西へ進み、宮豊線終点の豊岡駅へ。「北近畿」タンゴ鉄道から「京都」丹後鉄道へと大胆に社名が改められたが、コウノトリの郷と豊岡の両駅だけは兵庫県。その辺りはどう受け止めておられるのかコウノトリの郷駅で出会った方々にお聞きしたかったところだ。
豊岡は基本的にJR山陰本線の駅で、丹鉄は北東部の頭端式ホームを間借りしているような形。元々、3セク移管前は国鉄/JR宮津線だったのだから、JRホームとの仕切り柵や簡単な改札窓口の存在以外、風景としては当時とそう変わってないんだろう。多分、一番変化したのはJRの豊岡駅舎。歴史と風格のある特徴的な木造駅舎から、2011年、つまらない橋上駅舎になってしまった。

15分ほどで折り返し、再び京都府へ戻って久美浜駅。対向の225Dとの交換待ちの4分間で駅舎を拝んだだけだが、明治時代の久美浜県庁玄関を模したというお金のかかってそうな重厚な駅舎にもかかわらず、物産品の販売所としてしか機能してないようなミスマッチ感と、駅前の人影の薄さは2008年訪問時と相変わらずだった。

(つづく)

撮影日:2015年4月12日
カメラ:OLYMPUS OM-D E-M1 + OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO
+ OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO

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2015-04-12 #03  丹鉄 コウノトリの郷、夕日ヶ浦木津温泉  〔兵庫県/京都府〕

05 13, 2015 | 京都丹後鉄道(北近畿タンゴ鉄道)

2 Comments
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2015年4月12日(日)、京都丹後鉄道(丹鉄)の旅 2日目、第3回
宮豊線下り217Dで県境の峠を越え、兵庫県へ

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9:15、コウノトリの郷駅に到着
「但馬三江(たじまみえ)」から改称された駅

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1929年(昭和4年)12月15日、国鉄宮津線の但馬三江駅として開業

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当駅舎を校舎に見立てて様々な交流活動「ななえの学校~きまぐれ教室~」を主催されている森本七重さん(左)とご主人

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2010年9月に駅舎内に開店した「駅そば ぽっぽや」
お願いしてまだ準備中のところを撮らせていただいた

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国鉄時代の但馬三江駅写真

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2010年に架け替えられた旧円山川(まるやまがわ)橋梁を偲ぶモニュメントもある

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2008年訪問時、ホーム待合室向かいに辛うじて姿を留めていた古い小屋が、朽ち果てていた

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9:33、上り222Dに乗車

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9:59、再び京都府へ戻って夕日ヶ浦木津温泉駅に到着

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北近畿タンゴ鉄道時代の「木津温泉」から改称

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1931年(昭和6年)5月25日、国鉄宮津線の丹後木津駅として開業

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駅ホームに足湯「しらさぎの湯」がある

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豊岡方面へ西進、久美浜を過ぎると兵庫県北部へと至る。その旧国名を冠した但馬三江(たじまみえ)という美しい名の駅があったのだが、この度「コウノトリの郷」に改称されてしまった。寂しい思いで駅名標を見つめながら下車すると、駅舎に人が集まり何やら賑やかだ。何だろうとたまたま声をかけたのが、当駅で世代を超えた地域交流活動をされている森本七重さんという方で、色々とお話を伺ってその活動の意義に賛同もし、この日の集まりがその一環らしいことも分かったのだけれど、僕は駅名だけでなく駅舎まで2008年訪問時と変わってしまっていることにショックを受けていた。丹鉄唯一の国鉄時代の駅舎だったのに、2010年2月に改修され、駅舎内もソバ屋さんが開店している。

でも森本さんは晴れやかに言った。やっとコウノトリの郷という駅名になりました、と。北近畿タンゴ鉄道時代にも愛称としては採用されていたようだが、やっと、ということは請願を続けておられたということだろう。駅名に関して僕自身は、いかにも3セクの発想だと蔑んでいたところがあったのだが、土地の方が望んでいたのならもう何も言うことはない。駅舎の改修も、きっとその延長上のことのようで、本当に誇らしげだ。

コウノトリの郷駅をあとにして再び京都府へ戻り、この日5つ目の訪問駅、夕日ヶ浦木津温泉。ここも丹鉄になって改称された駅だが、北近畿タンゴ鉄道時代と見た目の変化はなかった。ホームの足湯を、つい先ほど温泉宿の送迎バスで駅に着いた若いカップルが利用していたのだけれど、小用でトイレに入ったところ、ちょうど窓の下に足湯と二人の背中が見える。まさか背後がトイレだと思わないからか二人はこちらには気付かないが、僕自身は何だか後ろめたい、というより変質者になったような妙な背徳感を味わう破目になった。丹鉄には足湯とトイレの位置関係の再考を切に望みたい。

(つづく)

撮影日:2015年4月12日
カメラ:OLYMPUS OM-D E-M1 + OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO
+ OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO

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2015-04-12 #02  丹鉄 京丹後大宮、網野  〔京都府〕

05 11, 2015 | 京都丹後鉄道(北近畿タンゴ鉄道)

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2015年4月12日(日)、京都丹後鉄道(丹鉄)の旅 2日目、第2回
7:40、峰山駅から宮豊線上り218Dに乗車

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218Dは普通列車だが「くろまつ」や「あかまつ」同様、JR九州の「ななつ星in九州」などを手掛けた水戸岡鋭治氏デザインのリニューアル車

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7:46、京丹後大宮駅に到着

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北近畿タンゴ鉄道時代の「丹後大宮」から改称された駅

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京丹後大宮駅舎

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1925年(大正14年)11月3日、国鉄宮津線の口大野(くちおおの)駅として開業
1963年(昭和38年)5月25日、丹後大宮駅に改称

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建物財産標によれば昭和17年9月竣工のものという待合室
3セク移管後、軒並み国鉄時代の駅舎が失われたKTRの駅だが、待合室が残されているパターンが多い

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8:10、下り217Dに乗車

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8:28、網野駅  駅名に変更はナシ
時間調整で10分間停車

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網野駅舎
1926年(昭和元年)12月25日、国鉄宮津線の駅として開業

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整理券 フリー切符利用なので必要はないがチェック 社名の印字はちゃんと京都丹後鉄道に切り換わっていた

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さらに西へ

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9:01到着の久美浜(くみはま)駅
朝イチに乗ったKTR8000形が特急「はしだて」2号(豊岡~久美浜は快速)として上りホームに入線してきた


峰山駅から一駅戻り、丹鉄になって改称された京丹後大宮駅へ。峰山と同じく、駅名標と改札窓口付近の表示以外、北近畿タンゴ鉄道時代と変化はない。次に訪問した網野駅も同様。与謝野駅のように駅名看板すら架け替えていない。もうここらで察しがついてきた。駅名の改称云々に関わらず、丹鉄の駅としての目に見える変化は本当に必要最小限に留めてあるようだ。開業からまだ10日やそこらなので予断ではあるが、今後もそう大きな変更を加える様子はなさそうだ。なにしろ、WILLER TRAINSが「火中の栗を拾う」行為と揶揄の声もあるなか引き受けたのは、赤字額日本一の3セク鉄道なのだ。まずは運行ダイヤの再構築などを含むソフト面での改良に重点を置こうとしているようだし、僕もそれには大いに賛成だ。

ところで、駅前の府道の駅案内標識は北近畿タンゴ鉄道時代のままだということにも気付いたが、これは国土交通省の管轄だと思うのだけれど、どうするんだろうか。

(つづく)

撮影日:2015年4月12日
カメラ:OLYMPUS OM-D E-M1 + OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO
+ OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO

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2015-04-12 #01  丹鉄 西舞鶴~峰山  〔京都府〕

05 10, 2015 | 京都丹後鉄道(北近畿タンゴ鉄道)

2 Comments
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2015年4月12日(日)、京都丹後鉄道(丹鉄)の旅 2日目の朝
西舞鶴駅

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西舞鶴運転区
観光列車「丹後あかまつ」「丹後くろまつ」が車庫にいた

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下り始発の普通列車615Dは、かつて特急「タンゴディスカバリー」として運用されていたKTR8000形だった

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この旅4度目の由良川橋梁を渡る

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天橋立

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7:03着、7:05発の与謝野駅

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前日、レンタサイクルで駆け回った加悦谷(与謝野町)

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7:24、峰山駅で下車

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1925年(大正14年)11月3日、国鉄宮津線の駅として開業

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峰山駅舎(西口)

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上り218D


2015年4月12日(日)、朝6:17の西舞鶴駅始発便で丹鉄の旅2日目をスタート。豊岡行きの普通列車は、かつての特急「タンゴディスカバリー」用の車両だった。現在その名称は廃止されたものの、豊岡から特急「はしだて」2号として運用するための回送がてら、普通列車として営業の足しにしようということのようだ。だが生憎、日曜の朝の利用客は数えるほどしかいなかった。

僕にとっては、席に着くなり飲み食い騒ぎ、あとは目的地まで寝てるような弛緩した観光客のいない、貸し切り状態の車両の快適なシートに収まって、車窓写真も好きなタイミングで好きなだけ撮りまくれるこんな状況は至福以外の何ものでもない。途中で降りるのが惜しくなり、豊岡まで乗り通そうかとも考えたが、前日満足に遂行できなかった駅めぐりの反省を踏まえ、やはり昨晩組み直した計画通り、峰山で下車する。

と言っても、いま本当に用があるのは駅名が改称されたひとつ手前の京丹後大宮駅。素直に降りるとそこで過ごす時間が長すぎて困るため、峰山でワンクッション置いて戻るという、フリー切符ならではの駅めぐり旅の法則に則った行いではあるのだが、同じ時間でひとつでも多くの駅を見てまわることができる有意義な知恵だと思う。
峰山は、駅名標と改札口周りの表示が丹鉄のものに変わった以外、北近畿タンゴ鉄道時代と変化はなかった。

(つづく)

撮影日:2015年4月12日
カメラ:OLYMPUS OM-D E-M1 + OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO
+ OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO

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2015-04-11 #09 END  丹鉄 丹後由良駅と由良川橋梁  〔京都府〕

05 07, 2015 | 京都丹後鉄道(北近畿タンゴ鉄道)

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2015年4月11日(土)、京都丹後鉄道(丹鉄)の旅 初日最終回
西舞鶴駅から17:36発の宮舞線下り241D(左)に乗車

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四所(ししょ)駅で列車交換 対向の上り334Dは与謝野駅に停まっていた丹後あおまつ用車両だった

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再び由良川橋梁を渡る

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由良川河口

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17:57、丹後由良駅で下車
左手に写っているのは当地の宿の方 欧米からの外国人宿泊客を迎えに来られていた

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1924年(大正13年)4月12日、 国鉄宮津線の駅として開業 丹鉄になってからも駅名に変更はナシ

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丹後由良駅舎

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駅前風景

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由良川河口へ向かって歩き、途中の踏切から見た丹後由良駅

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由良川橋梁

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上り236D

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下り243D

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19:20の上り238Dに乗るため丹後由良駅へ戻る

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19:40、再び西舞鶴駅

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ホテルのTV KBS京都放送、J2第7節 対V・ファーレン長崎戦…


チェックインした西舞鶴駅前ホテルを出て再び丹鉄に乗る。余った中途半端な、でも好きな夕暮れ時の時間を、由良川橋梁を渡る丹鉄でも眺めて過ごそうと思ったのだ。最寄りの丹後由良駅へ向かうため西舞鶴駅ホームへ戻ると、到着時と違う列車が発車を待っていた。1面1線ホームだしダイヤ的にも着いた時の車両が折り返すと思っていたが、西舞鶴には丹鉄の車両基地・西舞鶴運転区があるから何らかの都合で入れ替えたのだろう。コウノトリやらカニやら、丹後の名物で賑やかなラッピングが施されているのに、どういうセンスかカラーリングがエヴァ初号機のようだ。意味が解らん。もっとも、この旅で見た限り、すべての車両のカラーリングやスペックは北近畿タンゴ鉄道時代のもので、丹鉄オリジナルの要素はまだ何も見受けられなかった。

丹後由良駅から由良川橋梁は、徒歩10分もあれば着く。前回2008年に訪れた時は駅に地元有志の方の無料のレンタサイクルがあったのだけれど、駅には人影もなく自転車はもう1台も置かれていなかった。野良ネコもたくさんいたのに、影も形もなかった。7年も経ったとはいえ、寂し過ぎる変わりようにちょっと心が塞ぐ。由良川橋梁も、上りと下りの列車を1本ずつカメラに収めたものの、光量不足とどんよりした雲とであまり爽快感や夕暮れの情緒は味わえず、結果的には無駄足だった気がしないでもなかった。

そんな気分を引きずったままホテルへ帰り、つけて観たTVのJリーグ中継で贔屓のクラブが大敗。どうにも冴えない初日の終わりだった。どうでもいいことだが、久々に府内に宿泊したため、TVのチャンネル番号も放送局も家で観るのと何ら変わらず、逆に妙な気がした。旅に出て、よその土地の知らない局のオリジナル番組やCM、地図上では馴染みのない区分けの天気予報を見るのは、いつの間にか僕にとってひとつの楽しみとなっていたようだ。

(2日目の旅に続く)

撮影日:2015年4月11日
カメラ:OLYMPUS OM-D E-M1 + OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO
+ OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO

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2015-04-11 #08  丹鉄 与謝野~西舞鶴  〔京都府〕

05 05, 2015 | 京都丹後鉄道(北近畿タンゴ鉄道)

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2015年4月11日(土)、京都丹後鉄道(丹鉄)の旅 第8回
与謝野駅 「丹後あおまつ号」が回送されていた

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与謝野駅の待合室にある、国鉄/JR丹後山田駅時代の資料スペース

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宮豊線上り232Dに乗車

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宮津湾(内海の阿蘇海)と天橋立(右手の松林)

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天橋立駅 観光列車「丹後くろまつ」 臨時、とある

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宮津駅で

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栗田(くんだ)~丹後由良(たんごゆら)

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丹後由良海岸

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由良川橋梁

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西舞鶴駅構内
2011年3月廃止の特急「タンゴエクスプローラー」として走っていたKTR001形

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17:03、西舞鶴に到着

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丹鉄西舞鶴駅ホーム 右手はJR舞鶴線 西舞鶴駅ホーム

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駅前風景

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駅前ホテルから見た西舞鶴駅舎


与謝野駅から丹鉄の旅を再開。と言っても、加悦で過ごした時間が予定より大幅にオーバーしているため、この日の駅めぐりは諦め、ネット予約していた翌日分のフリー切符の受け取りの都合もあって西舞鶴駅へ。JRと共同使用の大きな駅なのに、丹鉄の窓口は午後5時過ぎには閉まるとのことで大いに焦った。朝の福知山駅の窓口の方は、無理そうなら翌日はプリントアウトした引き換え券で代用して頂いて構わない、と融通を利かせてくれたのだが何とか間に合った。西舞鶴泊と決めていたので深く考えずに2日目の分を西舞鶴受け取りにしたのが間違いだった。両日とも福知山ならハナシは早かったのだ。

ついでに、西舞鶴駅前ホテルのチェックインも済まし、荷物を置いてから少し考え、日没までの中途半端な時間を、ある場所で過ごすことに決めた。

(つづく)

撮影日:2015年4月11日
カメラ:OLYMPUS OM-D E-M1 + OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO
+ OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO

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2015-04-11 #07  加悦 ちりめん街道  〔京都府〕

05 03, 2015 | 京都丹後鉄道(北近畿タンゴ鉄道)

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2015年4月11日(土)、京都丹後鉄道(丹鉄)の旅 第7回
加悦SL広場からの復路は府道を通ってみた

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「ちりめん街道」の看板のある脇道へそれると古い町並みが

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丹後ちりめん発祥の地=ちりめん街道らしい

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丹後の「丹」がモチーフだろうか

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ちりめん商家 旧尾藤家住宅(内部) 端午の節句の幟が飾られていた
尾藤家はちりめん業だけでなく北前船を所有したり、11代頭首は加悦鉄道社長や加悦町長も務めた

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旧加悦町役場庁舎

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同上 現在は与謝野町観光協会

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16時過ぎ、丹鉄の与謝野駅へ帰着


1時間ほど過ごした加悦SL広場からの復路は加悦鉄道廃線跡と並行する府道を通ってみる。鉄道が廃止になるような土地でもクルマの往来だけは盛んだ。いや、だからこそ鉄道が廃止になるのか。何れにせよ自転車では走りにくい。往路のサイクリングロードへ戻ろうかと思った頃、「ちりめん街道」の看板が目にとまり、そちらの脇道へそれてみた。途端に静かな、古い町並みが現れた。

あとで調べて分かったが、与謝野町加悦伝統的建造物群保存地区、いわゆる伝建エリアで、古来から当地で盛んだった絹織物を西陣から導入した技術で「丹後ちりめん」として定着、発展させ栄えた町並みが残されているというわけだ。加悦鉄道も、ちりめん輸送のために発生したといってもいい。とにかく右を向いても左を向いても素晴らしい家並が続いている。夢中で写真を撮っていると、旧尾藤家住宅という、本来なら拝観有料のちりめん商家の方が玄関先だけでも、と招いて下さった。SL広場を出た時点で既に予定の時間をオーバーしていたので、再訪を誓ってやむなく駅へ戻ったが本当にいい町だった。
SL広場到着時はこんなに疲れて時間がかかるなら路線バスにすべきだったと悔やんだが、廃線跡を楽しんだり、それにちりめん街道に気づくこともなかったと思うとやはりレンタサイクルでよかったと思う。

(つづく)

撮影日:2015年4月11日
カメラ:OLYMPUS OM-D E-M1 + OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO
+ OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO

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