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Kyo-to (キョート)

Author:Kyo-to (キョート)

線路を走るのは何でも「デンシャ」ぐらいのユルさで鉄道旅を通して出会った風景や人、古い駅舎や古い町並みを記録していきたいと思っています。時々、地元京都。
リンク、そして古い記事でもコメントなど、お気軽にどうぞ。

※万が一、写真を気に入ってもらえて、私的な保存などは構いませんが、改変・転載等は勘弁してください。


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2013-09-21 #05  復活!JR石巻線  〔宮城県〕

10 10, 2013 | デンシャ旅 -東北(JR)

6 Comments
130921_42.jpg
2013年9月21日(土)、みちのく9月の三連休旅・第5回。
石巻駅からは、JR石巻線(いしのまきせん)へ。
僕の中では今回の旅の最初のハイライトと位置づけていたほどで、というのも今年3月16日、震災により不通になっていた渡波(わたのは)駅から先、浦宿(うらしゅく)駅までが復活したからです!

130921_43.jpg
石巻を11:56に発ち、12:07、渡波(わたのは)駅。

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昨年11月訪問時はここ渡波までだったんですが、いよいよこの先へデンシャで進むことが叶います!

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いきなり次の万石浦(まんごくうら)駅付近で仮設住宅が目に入り、デンシャで浮かれている自分に少し後ろめたさを感じたり…。

130921_46.jpg
沢田(さわだ)駅付近から万石浦沿いへと至り、まだ若干痛々しい感じの光景もあったり…。

130921_47.jpg
ですが、鉄路は確かに震災前のルートで甦ったのです!新しく護岸された場所も見受けられます。

130921_48.jpg
昨年11月訪問時に僕が左手の道路を行く代行バス車内から復旧作業を目にしたのは確かこのあたり。ホントに復活したんだなぁ、としみじみ感じ入りました。

130921_49.jpg
昨年秋から今年1月にかけて自分なりに被災路線を見て周り、暗たんたる思いにかられたりもしましたが、こうして復活した時の喜びといったら!悲しみが大きい分、喜びはその何倍も上回るんだと実感しました。

130921_50.jpg
穏やかな万石浦。本当に至福の時間でした。

130921_51.jpg
やがて列車は現時点での終点、浦宿(うらしゅく)へ。

130921_52.jpg
12:19、浦宿駅に到着。
駅名票の中段右手、隣駅であり本来の石巻線終点・女川(おながわ)の表示が白く覆われているのが寂しい…。

130921_53.jpg
線路終端部から、草むらに覆われた路盤が女川方面へ伸びているのが見えます。駅間距離約2kmほど、たった一駅の区間ですが、被害が甚大だった女川への「あと一歩」が成就して石巻線完全復活の日を迎えるのは、まだ当分先の話になりそうです。

130921_54.jpg
浦宿駅。昭和31年、国鉄石巻線の駅として開業。駅舎は元々なかったようで、簡易な待合所とホームだけの無人駅。

130921_55.jpg
駅前、道路を挟んですぐのところから女川行きのJR代行バスが出ています。いまの女川の様子も見たかったのですが、あとの行程の都合で断念、折り返し便の発車までのわずかな時間の滞在となってしまったのが心残りです…。

130921_56.jpg
12:27、再び石巻へ向け出発。先ほどの写真右手の酒屋さんでお昼ごはんがわりのパンとコーヒーを調達した際、お店の方もお客さんも表情が明るかったのは心に残りました。

(つづく)

※本記事は往路と復路で撮影した写真を織り交ぜて構成しています

撮影日:2013年9月21日
カメラ:Nikon D3s + Nikon AF-S NIKKOR 28-300mm f/3.5-5.6G ED VR

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- Comments
6 Comments

こんにちは  万石浦の写真を見て、3年前に見た時と同じような穏やかな海に戻ってきていることに安堵しました。kyo-toさん、言葉が足らずごめんなさい。私と主人の2人で、萬画館と女川のゆぽっぽに行きたかったのです。2010年11月私は一人でツアーに参加し、石巻女川に参りました。私と主人は、サイボーグ009のファンで、2011年息子が大学に合格したら、2人で出かける計画を立ててたんですが、未だ果たせずにいます。女川のゆぽっぽが、来年全線復旧とともに復活するというので、それまで待つということになりました。 私は実際に被災し、(茨城県も被災地なんですよ)東北の被災地に友人もいるので、復興を応援するのは当然なんですが、kyo-toさんのように若くて被災地と縁の薄い方が、いつも気にかけて下さるのは有難いことです。これからも東北の被災地をブログという表現方法で支援して下さい。もしよかったら、オバ鉄のブログのカテゴリのその他(7)の中に地震の様子を書いた東北関東大地震がありますから見て下さい。万石浦の写真もあります。

by オバ鉄 | 10 10, 2013 - URLedit ]

★オバ鉄さん

こんばんは。
どうも、こちらこそ事情をよく知らずに出過ぎたことを申しまして大変失礼しました。

そうですか、茨城にお住まいの方だったんですねオバ鉄さん。
そして震災前の女川にも行かれたそうで、早速、ご指摘のブログ記事を拝見させていただきました。
僕が昨年秋、代行バスで訪れた女川は、ガレキが撤去されたとはいえ、何もない更地のひろがる荒野で、
女川駅舎や温泉施設などがあったことが到底信じられないぐらいです。
石巻線・女川駅までの完全復活と共に女川の街の一日も早い復興をお祈りします。

万石浦の夕景動画も素晴らしいですね。この区間がこの度復活して、
二度と見られない車窓風景などではなくなったのが本当に救われる思いです。

by Kyo-to | 10 11, 2013 - URL [ edit ]

線路近くにも仮設があったんですね。
親戚がもっと万石浦側の仮設に住んでいたのですが、新たに家を購入したり、残った家屋をなんとか住めるようにして今は全員それぞれの家で暮らせるようになりました。
万石浦はKyo-toさんの写真のとおりほんと穏やかですね。

震災後の2日後に万石浦の山側から渡波に抜けようとしたのですが、入ることができずに途中で引き返したのを思い出します。内陸のほうの田んぼまで海水がきて、道路にまであふれている状態でした。

女川まであと2キロ、整備が進んでいるのをみて少しホッとしました。

by かくさん | 10 12, 2013 - URL [ edit ]

★かくさん

こんばんは。
あの時、石巻線にご一緒しませんかとお誘いして、時間的な理由でお断りになられましたが、
もしかしたら震災当時のそんな辛い記憶からだったのかもしれませんね。
だとしたら、本当に失礼しました…。

それでも、ご親戚の方々もみなさんご無事で新たな生活を歩まれているようで安心しました。
石巻線も完全復活までもうあとほんの少し、心から応援しています。

by Kyo-to | 10 13, 2013 - URL [ edit ]

こんばんは。
浦宿駅の車止めのお写真、悲しい景色ですね。数年前に女川を訪れ、魚を買ったり、のんびり写真を撮ったりしていましたので、やはり信じ難いものがあります。
駅から山の中腹まで列車が流された報道写真は、衝撃でした。
海の色に感動した車窓の列車、あと一駅が無事に復旧する日を待って、またいつか訪れたいと思っています。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

by 風旅記 | 10 13, 2013 - URLedit ]

★風旅記さん

こんばんは。お返事遅くなって申し訳ありません。

浦宿駅、よく見ると元の路盤からはかなりかさ上げされてるのがご覧いただけると思います。
ルートは同じでも、津波被害を視野に入れた対策が施されて復活してるんですね。
本当に、あと一歩、が成就するまで僕も見守り続けたいと思います。

by Kyo-to | 10 14, 2013 - URL [ edit ]

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