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Kyo-to (キョート)

Author:Kyo-to (キョート)

線路を走るのは何でも「デンシャ」ぐらいのユルさで鉄道旅を通して出会った風景や人、古い駅舎や古い町並みを記録していきたいと思っています。時々、地元京都。
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※万が一、写真を気に入ってもらえて、私的な保存などは構いませんが、改変・転載等は勘弁してください。


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2010-03-22 #06 END  明知鉄道 明智駅  〔岐阜県〕

04 22, 2015 | 明知鉄道

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100322-71.jpg
2010年3月22日(月)、5年前の春の旅、最終回

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12:27、明知鉄道終点の明智駅に到着

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1934年(昭和9年)6月24日、 国鉄明知線の明知駅として開業
3セク転換時に「明智」に改称

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明智駅舎

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12:53の便で折り返す

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13:42、恵那駅に戻る


岩村の町歩きのあとは、明知鉄道を終点まで乗ろうと明智駅へ。国鉄時代のものと思われる古い駅舎、車両基地の存在など明知鉄道のすべてが集約されたようなイイ駅だが、行き止まりの終点だ。大正時代には「遠美線」として、現在の天竜浜名湖鉄道(旧国鉄二俣線)を経由して掛川までを結ぶ壮大な計画があったらしい。

そのまま折り返し便で恵那へ戻り、中央西線と東海道本線を乗り継いで京都へ帰った。恵那駅以降はどこで何に乗り換えたかといったメモ程度の写真しかなく、画像データを見ても夕方5時過ぎには京都に着いていて、何でそんなにあっさりした旅の終わり方なのかと自分でも驚いた。

だが思い当たるフシとしては、35mmフルサイズ機に50mmの単焦点レンズだけ(どうしても広角が要る時のために24mmをサブ)という、後にも先にもこの旅だけだったカメラシステムが挙げられるかもしれない。当時はカメラ歴もまだ3年目で、標準レンズと云われる50mmの「目(画角とその撮影感覚)」を養いたい、などと今から思えばどうでもいい、型にハマった意欲に燃えていたのだったが、しかし僕にとって50mmという画角は窮屈この上なかった。旅のあいだずっとストレスを感じていたのが最終日に疲れ果て、半ばリタイア同然で旅の幕を引いたとも言える。

5年もお蔵入りだったのは単に発表の機を逸しただけだが、上記のような理由でこの旅が、自分の目で見たのじゃないような、何だか全体的にぼんやりとした、印象の薄いものになってしまっていたのは確かだ。これまで旅の楽しさを増幅してくれていたカメラが、とんでもない足枷になることもあるのだと知る貴重な体験ではあった。

(終)

撮影日:2010年3月22日
カメラ:Nikon D700 + Nikon Ai AF Nikkor 50mm F1.4D、Nikon Ai AF Nikkor 24mm F2.8D

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