2015-05-06 #02 堀江駅と仁堀航路の堀江港 〔愛媛県〕
06 17, 2015 | デンシャ旅 -四国(JR)
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2015年5月6日(水)、GW5年ぶりの四国旅最終日第2回
6:53、堀江(ほりえ)駅で最初の途中下車

1927年(昭和2年)4月3日開業

"堀江は松山から三つ目の駅で、ここから呉(くれ)線の仁方まで国鉄の連絡船が出ている。"
宮脇俊三 著/『最長片道切符の旅』(1979年刊)より抜粋
(色付き文字は以下同じ)

"堀江は無人駅であった。駅舎も改札口もあるが駅員はいない。"
現在も無人だが宮脇さん(故人)が昭和53年に旅された当時の駅舎はもうない

北海道でよく見るような、廃貨車を再利用した簡易駅舎

駅前風景

旧駅舎の遺構? 古い駅舎の軒先によくある坪庭の跡だろうか

"(無人の駅舎内に)「近距離切符は駅前の西村商店でお求めください」とあり、待合室の壁には堀江桟橋への道順を示した地図が掲げてある。"

現在は切符販売は行っていないらしい

堀江港まで歩いてみる

"それ(待合室の地図)に従って国道を渡り、突き当たって左に曲がると、呉行のフェリーと国鉄航路の乗船場が並んでいた。"

国鉄連絡船仁堀航路は1982年(昭和57年)7月1日廃止
フェリーの発着も2009年に終了、海の駅「うみてらす」が建っているだけ

堀江港

"まだ瀬戸丸は入港していない。岸壁に腰を下ろして海を見る。油の浮いていないきれいな海水である。"

"海を見るだけでは時間を持て余すので、食堂と雑貨屋が一緒になったような店を覗く。"
列車との接続が悪く1時間以上連絡船を待たされた宮脇さんが立ち寄られた店だろうか

左手奥に「仁堀航路跡」の碑があるのだが、この時は気付かなかった

古びた浮き桟橋が国鉄連絡船の桟橋だったそうだ

そんな当時のことを教えて下さった、近所の方

駅への復路は違う道を通った 風情のある港町で気に入った
6:53、松山を発って10分、いきなり途中下車を堀江駅にて敢行。ここは国鉄時代、対岸の広島県・呉線は仁方(にがた)駅とを結ぶ「仁堀航路」の連絡船乗換駅だった。航路を利用したこともなければ、そもそも訪問の計画さえなかったのだが、この旅の初日に当駅前の「西村商店」の看板を目にしたことで急遽旅程に組み入れた。というのも、僕のデンシャ旅のバイブル、故・宮脇俊三氏の名著「最長片道切符の旅」にその商店の名が記されているのを覚えていて、国鉄時代からまだあるのか!と驚き、立ち寄らずにはいられなくなったのだった。
まだ朝の7時、西村商店は開いてないようだし、宮脇さんの頃の駅舎はもう存在しないが、それなりに色んな駅を訪問してきた経験から、駅前風景も含めた駅の佇まいというものはほとんど不変なのではと思える。昭和53年当時の氏と同じ場所に身を置いている感慨がじわりと湧いてくる。次のデンシャは40分後、もちろん堀江港にも足を伸ばしてみた。数人の釣り人がいるだけの静かな港だった。国鉄時代はこの仁堀航路と宇高(うこう=宇野・高松)航路が四国と本州を結ぶ鉄道扱いの懸け橋だった。仁堀航路の追体験はおろか、入口も出口も瀬戸大橋しかなくルートが重複する現在、氏のような四国を含めた最長片道切符の旅も不可能になってしまった。
(つづく)
撮影日:2015年5月6日
カメラ:OLYMPUS OM-D E-M1 + OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO
+ OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO
